先生と子ども達の会話のキャッチボールがよくできていた授業
3年生は、学習室担任の先生が授業をしていました。「いただきます」の道徳の授業でした。
わたしたち人間は、様々な生き物の命をいただきながら生きています。
「いただきます」の道徳的価値を子ども達と共有しながら、「今日の給食に対してどんな気持ちで食べますか?」の先生の問いにも、子ども達は、自分の思いを正直に素直な言葉で話していました。
「命をいただいてありがとう」「命をいただいてごめんなさい」「おいしかったよ」「ごちそうさまでした」「最後まできちんと食べます」等、子ども達が、たくさんの思いをみんなに伝え共有し、仲間達から自然と拍手が出ていました。
とても温かいクラスでした。
今日の給食も大変おいしかったですが、3年生はまた特別な思いで、給食をいただいたことでしょう。きれいに残さず食べられましたか?
私は、米どころ新潟の出身なので、親に「勉強しなさい!」と叱られたことはありませんが、「お茶碗に米粒一粒も残さずきれいに食べなさい」とはよく叱られたものです。 ですので、自分の子どもにも、勉強のことはおいて、子どものお茶碗に米粒を見つけると、注意をしました。
「そうそう、私の家も同じ・・・」と頷いていただける方も少なくないと思います。
話が脱線してしまいましたが、これからも、給食や家での食事等は、「いのちをいただきます」と生き物に感謝して、「いただきます」と手を合わせて食事をしたいものですね。 |